むかし通学路の近くにあったトンネルの総延長の数字を思い出した
銘板に書いてあったのを当時なんとなく記憶したものを
ふとしたときに、ぱっと記憶が蘇った
まあそういうことはある
何年も何十年も思い出されることなく頭にしまわれている記憶がある
なんかの拍子にぱっと思い出したり、それでまたふっと頭から消えて
それに関してべつに何も思わないような些細な記憶があったりするが
人の体は新陳代謝を繰り返しているし、幼少の頃の記憶とすると
身体は成長を続けているから、頭自体の大きさも大きくなったりするだろう
その間、一度も思い出すことのなかった記憶が
長い時間を経てふっと蘇ってくるとき、それがはたしてどれくらい
当時の記憶に忠実なものなのか、ぜんぜん信用できないような気がしてしまう
小さい子供の頃に読んでいた本、ずいぶん寸法のでかい本と思っていたのに
大人になってから見ると、思ったより小さい本だったんだなと思う
それは体が大きくなったということももちろんあるんだろうが
小さい頃に小さい脳に記憶した本のサイズごと脳が成長して
成長とともに記憶も引き伸ばされ、実際よりも大きなものに
すこしずつなっていくのではないだろうか
小さい頃に負った肌の傷が、成長とともに拡大されるように
頭の中にしまわれた記憶は、体の成長の影響を受けて
主観的には変に感じなくても客観的には拡大して、歳をとっていて
いつのまにか別もののようになっていたりするのではないか
そんな想像をする
記憶が残っていること自体も不思議だ
頭からすっぽり消えた記憶が、ふとしたときにすっと思い出されるとき
新陳代謝や成長によってどんどん記憶媒体であるところの脳が変化していってるのに
思い出すことのない記憶までキープされ続けているのは
自分のことながら妙なかんじがする